風の谷のナウシカ

マンガ版の7巻、読破した!

白黒だけど、さすがは宮崎駿の緻密な絵によって、クオリティがすごいです。

物語は、アニメが2巻くらいまでだけど、その先も結構壮大で、少し難しい部分もあるんだけど、ラストの終わり方もとってもかっこいい。

ナウシカは、小さい頃から、永遠の憧れです。あらゆる命を慈しんでいたいと思う。

 

「生きることは変わることだ」

「清浄と汚濁こそ生命だということに」

「巨大な墓や下僕などなくとも私達は世界の美しさと残酷さを知ることができる。 私達の神は一枚の葉や一匹の蟲にすら宿っているからだ」

「生きましょう すべてをこの星にたくして 共に」

嵐のピクニック

本谷有希子の短編。

エキセントリックさが発揮されてる。

特にに好きなのは、アウトサイド、亡霊病、Q&A、とか。目のつけどころが意地悪で、綿矢りさと印象がかぶる部分あるなあ。

 

「馬鹿だったのだ。優しい大人が、呆れて途方にくれ、手のひらを返したように自分みたいな子供を見離す瞬間が来ることに、快感を覚えていたなんて」

「サツキだって何かに閉じ込められている。誰だって自分が今、ピアノの中なのか外なのか分からないまま生きているのだ」

「いい女なら自分で拾う?ウェイターに拾ってもらう? いい女なら右へ行く?左へ行く?」

「十歳、十一歳が範囲に入ってくると、可能性はグンと広がるはずです」

「本音をぶつけてくる世界も、お世辞を浴びせる世界も実はそっくり同じなんだってことに気づいたよ。みんな、僕を喜ばそうとしていることに変わりはないんだ」

迷子手帳

ほむほむの最近のエッセイ。

昔から変わらず情けなくて、でも視点と言葉遣いがおもしろくて、ずっと読んでられる。

 

「さみしいものが見たくなるのは何故だろう。人間の心の中には、明るさや楽しさや豊かさや優しさや温かさだけでは埋められない隙間みたいな領域があるんじゃないか。さみしさだけがそこを埋めるのだ」

「トラックって好き?」

「羨ましいなあ。過去の自分の出来が良くて」

「おばあちゃん、優しくて大好きだった。死んじゃってとっても悲しかった。いっぱい涙が出たんだよ。 でもヤキソバとフルーツポンチも好きだったの」

「いつもインコを肩にのせている神秘的な少年になろう、と考えたのだ」

「飛行機が怖い。海外旅行が怖い。大人数の飲み会が怖い。盆踊りが怖い。組み立て式家具が怖い。お洒落なファッションが怖い」

「でも、彼らがわくわくする同じ状況に対して、私はどうしてもびくびくしてしまうのだ」

「いろいろと面倒臭くて雑味の多い生身のヒトよりも、純度が高く消費しやすいヒトカマを求める気持ちが、自分の中にもあるのを感じる」

日記(2025年11月)

バイバイする朝に、名前を尋ねられたりして。

 

ストレスで、やられる。なんにもうまくいかないし優しくできないから、いったん眠ろう。

 

落ち着いてしまうのか、平和をみだして冒険するのか、悩んでしまう。

 

かわいこぶったまま怒れるってことは、恋をしているのだろうか。

 

文字を読むとき、音は再生されている。

 

行ってみたい喫茶店ができて、それだけで生きる理由になる。

 

なんだか、いつも寒い。

 

自分が明確にダメになりそうな時に助けてくれた人のことを、よく覚えてる。

 

たぶん、なんにも気づかれないまま、雷に打たれることができる。

 

公園でかくれんぼして、折り紙で手裏剣。

 

ずっと、見つめていたスナックのおばあちゃん。

 

旦那さんが亡くなって、1ヶ月、眠れなかったって。

 

正しさに、安心する。間違いだらけでいいって思ってるのに。

 

あの人には、まだ、してあげられることがあるような気がする。

 

クリスマスの本ばっかり集めて嬉しい。

 

気を遣ってくれる人との会話は喉からしか声が出せない。

 

あとは、楽しむだけ。

 

星のように投げ上げられた 空に ある日。

 

invisible waterfall。

 

いつか、どっか行く。

 

サボテンと、ホキ美術館の絵はがき。

 

大好きな人たちと生きていけますように。

 

贈り物、たくさん抱えて。

 

最大瞬間宝石観測中。

 

ラッキーキリマンジャロ、たくさん聴く。

 

足し算も引き算もできない気持ち。

 

自分をどこかに、預けきるのが難しいと思った。

 

怠惰が裏目に。

 

実りの花梨、全然おいしくない。

 

ロマンスマジシャンと敏腕マネージャー。

 

知らないお家に泊めてもらうのは好き。

 

散歩ばかりしている秋。どこに行っても葉っぱを眺めたりして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生まれ変わるのが死んでからでは遅すぎる

黒川さん、前からかっこいいと思ってて、そうしたら詩集が向こうからやってきた。

言葉に、渋さと色気と熱を感じる。

俺が三浦春馬なら死なないって言葉に、想像力の欠如を感じるところ、とてもいいと思った。

生きることが、そのまま書くことに繋がっている潔さも、粋だ。

何度も読んでも、掴みきれないような言葉の飛躍と連なりが、いい詩集にはある。

又吉さんの解説も、解像度が高くて分かりやすい。

 

「星を前にして自分の世界で世界を見てはいけない」

「生命はingではない isかnot」

「詩は考えるじゃないだろ生きるだろ」

「今夜末永く夜を見ない」

「言語は墜落しこちらまで飛行しない」

「死ぬ前ならすべて間に合う」

「君は詩になる」

「歩いても歩いても 遠くて目が合う いつか手を放すことをいつから知っていたのか」

「笑いになると思わない自分の日常が 自分以外の目尻になるとき このままでいれたらと思うこともあった」

「自分のことを特別だと思えなくなったときその人誰かの特別になる」

「熱さに煩悩を焼き切り詩に」

「おれは生活 半径三メートルでいて宇宙 髪の毛は自分で切ってる」

「三千人を前に静謐な鼓動を刻み 朗読をしている他人のような自分に渦巻く感情は 仕合わせだった」

「あのとき成人の儀済ませなかった余波が今にきている」

「この一枚のマロニエの葉に世界を見ることができなければ どれだけ遠くへ旅へ出ようとも世界を見ることはできない」

「書くことがない日に書くなよ 書こうとするなよ書かざるをえずに書けよ 書くなよ生きろよ」

 

 

 

 

 

 

嫌いなら呼ぶなよ

綿矢りさ、久しぶりに読んだ。

性格悪いやり合いみたいなの、おもしろいと思ってしまう自分が嫌になりつつ、とてもおもしろかった。

特に三作目、メールのやり合いが最高で、仕事の面倒くささみたいなものがぎゅーっと詰まってて、当事者だったら最悪でストレス過多でやられそうなんだけど、他人事だったら笑える。

しんどい。モメたくない気持ち、とてもわかる。

エキセントリックな最年少芥川賞作家に綿矢りさって名前つけるの、ユーモアがすごい。

 

「自暴自棄でヤケになってるというか、とことん全部さらけ出せば誰か一人ぐらいは私を理解してかわいそがってくれるのではないかっていう甘えた期待する気持ちが、絶望の底にある」

「客観性ってむずかしい。ありすぎると自分を縛るけどなさすぎると結果に不満が出る」

「包帯を顔中に巻いていたあの姿が、自分に一番似合っていた気がしてしょうがない」

「誰よりも目立ちつつ、誰よりも正体不明でいられたあの安らぎを、もう一度人ごみのなかで味わいたい」

「ひげ面で大柄なトトロっぽい外見なのに、メガネの奥の目つきがトトロよりもやや陰険そうなハムハムの夫、略してハム夫だ」

「自分のことなのに、焦点が涅槃じゃない」

「いや、した側が不倫を何かに例えると、文化しかり、異文化交流しかり、四半世紀は叩かれると昔から決まっている」

「落ち着け。カウンセリング中の精神分析医ぐらい落ち着け。あんま喋るな、墓穴掘るな」

「楓、僕にはそんな詩的な表現、もったいないよ」

「不倫なんて、やろうと思えばできるけど、理性を保ってあえてしていないと思っているだろうが、多分しようとしてもできない。昼間の裏で繋がりたい、現実の世界とは一味違う歪な時間を誰かと共有したいという渇望のある人間には、会ってすぐ分かる独特の色気がある」

「それ私をやっつけた気になってるのなら、片腹どころか両腹痛いです。笑ろてまいます」

「常識を超えて激昂するタイプの芸術家を、人間的に尊敬できない。たとえどれだけ才能があったとしても、あまりに世間の常識がない人と接すると、引いてしまうのだ」

「とりあえず三人で焼肉だけは絶対に行きたくない」

「でも本当の気持ちを言ったら、またモメるじゃないか。すごくモメるのが目に見えてるじゃないか」

ひゃくえむ

陸上競技、100メートルを題材に、あそこまでおもしろくできる力量がすごい。

少し、ストーリーとしては飛躍する場面が多かった気もするけれど、映画として明らかにかっこいい場面がいくつかあって。

雨の中でのレース、不穏な感じがしてワクワクした。

財津が初めて出てきた時のオーラ、得体のしれない感じに、時が止まったような気がした。

魚豊さんの作品は、スケールが大きくて、哲学的で好きだ。

「浅く考えろ世の中舐めろ 保身に走るな勝っても攻めろ」