夏の朝の成層圏

池澤夏樹の初期の小説。

細やかな細やかな描写によって、時間や環境とともに訪れるひとりの人間の変化が描かれる。

これだけのものを書くのに、どれほどの忍耐力が必要だろうかと思った。

確かで豊富な風土の知識のために、小説全体が現実的な実感をおびている。

それでも、書くということで、未来に残せるものはほんの少ししかない、と語る池澤夏樹はとても謙虚だと思った。

「話せばみんな同情の耳で聞いてくれるだろう。そして、何ひとつ理解しないだろう。」

「この瞬間に目前にある物を捕える力は言葉にはない。」

「記述や描写や表現は、過去の事物と、遠方と、死者を語るためのものだ。言葉の積木をいくら積んでも、この世界は作れない。」

「いつのことだか知らないが、きみは表現を通じて帰っていくんだ。」