存在のすべてを

塩田武士の作品、初めて読みました。とても良い作品だった。

記者と写実画家、職業は違えど、存在、実在を書こうとする思い。

生きていたことの凄みを感じられる作品。

芸術に完成はなくて、諦めがあるだけ、とか、不可能だから信じられる、とか。

それから、二児同時誘拐事件のアイディアや、警察、記者の内部事情が驚くほど緻密に描かれていて驚いた。

誘拐事件の現在進行系の調査の場面は、緊迫感があって、読み応え抜群で。

身代金の回収、子どもの生存、犯人の逮捕。優先順位を見間違わずに現場を上手く裁ける警察官は、恐らく減っているだろうな。

人と人とのつながりを温かく描いている後半とはギャップがあって引き込まれる。

「いつもそうだ。安堵した後、自分にもその資格がないような気がして寂しくなる」

「この雪景色ってさ、何もしてないのにきれいだろ? 美しいものはありのままできれいなんだよ。美しく見せようと意識すると、もう何でもなくなっちゃう」

「目を閉じてもその絵が浮かんでくる。お父さんは残像のある絵を描きたいんだ」

「これから世の中がもっと便利になって、楽ちんになる。そうすると、わざわざ行ったり触ったりしなくても、何でも自分の思い通りになると勘違いする人が増えると思うんだ。だからこそ「存在」が大事なんだ。世界から「存在」がうしなわれていくとき、必ず写実の絵が求められる。それは絵の話だけじゃなくて、考え方、生き方の問題だから」

「これまでは、好きな人と結ばれることが幸せだと思ってきた。でも、今は違う。忘れられないほど好きな人、どんな道を歩もうともずっと太陽のように自分の心を照らしてくれる、そんな人と巡り会えることが、本当の幸せなのだと気づいた」