落下する夕方

江國香織は、短編のイメージが強かったけど 、「落下する夕方」読んで改めて凄さが分かった。
この人は本当に、言葉に対する感覚が、研ぎ澄まされている。ていねいにていねいに、瞬間を描くことで、心の移り変わりが鮮やかに、いつのまにか訪れている。あとがきに、「私は冷静なものが好きです。冷静で、明晰で、しずかで、あかるくて、絶望しているものが好きです。」ってあった。
よしもとばなななんかにも感じるけれど、自らのスタイルやポリシーを文章に込めて、小説として世の中に送り出している気がして、かっこいいなと思う。

「たとえば、二人の人間のあいだに生じる嫌悪感なり倦怠感なりというものを、一方だけが感じてもう一方が感じない、などということがあるのだろうか。」
「ハヴァ·ナイス·ライフ」
「私がいかにも普通の顔で、こんにちはなどと言えたのは奇跡だ。」
「かつてそんな風に馬鹿馬鹿しく幸福だった私たちのために。」
「どうかしている。」
「それはもう、あっけにとられるような自然さだった。」
「おかえりなさい。子供が言うような言い方だった。私は胸が一杯になる。1ミリグラムの誤差もなく、言葉が正しい重量を持っていた。」
「華子がめずらしく新聞をひろげその上に横になって、こうやっていると焼き芋になったような気がするわ、と言った。」
「誰もしっかりなどしていないのだ。私もスティーブも、バスの運転手だってきっとしっかりなどしていない。それでも一人でやっているのだ。」
「コントロール、悪いんじゃないの。」
「いい気な大人は叱られるけど、子供はいい気なもんでもかまわないからだってさ」
「私、期待されるの大っ嫌い。」
「私はシカ。それも雄のシカになりたかった。」
「昔よりももっと、私は健吾が好きになっていた。母親みたいに。友人みたいに。そして、それでもやっぱり恋人みたいに。」
「藪内さんに関しては、梨果さん脳味噌がとけてるわ」
「はなこは他人を傷つける。それは事実だった。」
「あのとき帰る場所がなかったの」「その言葉があんまり心底寂しそうだったから、ああそうかって、思っちゃったよ。俺のそばにいたかったわけじゃないんだなってさ。」
「私たちは二人とも、華子で胸を一杯にしていた。」
「私にも信じてるものはあるのよ。」「そのことをみせたかったの。」
「華子がくれば、お葬式ももっと楽しかったのに。」
「引っ越そうと思うの」